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Practice log④ 物足りなさを残して帰ったら、モヤモヤが燃料になった話

この記事を読むとわかること
・モヤモヤは消すものではないかもしれない
・出し切らない日の意味
・狂気のかたちが少し変わった瞬間

最近、少し攻めすぎた。首も腰も軽くやらかした。だから今日は背中、肩、腕をやるけれど、いつもの七割で止めると決めていた。三セットで終わり。追加なし。いけると思ってもやらない。

そう決めてジムに入る。

体が温まる。血が巡る。今日は調子がいい気がしてくる。もう一セットくらいなら問題ない。軽いし、時間もある。理由はいくらでも出てくる。

それでも予定通り三セットで止めた。タイマーが鳴ったら片づけて帰る。

正直、すっきりはしない。誇らしいというより、キリが悪い。まだ出せた。まだいけた。どこか中途半端な感覚が残る。

帰り道、そのモヤモヤがじわじわと広がる。

出し切った日は気持ちいい。やり切った感覚がある。ただ、その次の日は少し重い。あの強度をまたやるのか、と体が構える。

今日みたいに余力を残すと、逆に続きが気になってくる。あの分を明日回収したくなる。未完のまま終わったものは頭に残り続けるらしいが、これは記憶の話というより、行動の話だと思った。終わらせないことで、次が近づく。

以前は、毎日出し切ることが強さだと思っていた。限界までやることが狂気だと。

でも今日は違う。出し切らない。それでも火は消えていない。むしろ、少し燻っている。その燻りが、またジムへ向かわせる。

爆発は派手だが一瞬で終わる。火種は目立たないが残る。

今日は物足りなかった。それでも、そのキリの悪さが次への燃料になっている感覚がある。出し切らなくてもいい。少し残したままでいい。

どうやら俺は、毎回燃え尽きるより、少し足りないくらいのほうが続くらしい。明日、その続きをやる。

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